弁護士「浮田美穂」

昭和51年生まれ、夫婦問題・成年後見・債務整理などを主に担当

こんにちは。兼六法律事務所の副所長、弁護士の浮田美穂です。
ここでは私の自己紹介や、弁護士を目指した経緯、そして将来の夢についてお伝えしたいと思います。

昭和51年 大阪府大阪市で生まれる
平成13年 大阪大学法学部卒業
平成14年 弁護士登録
平成22年度 金沢弁護士会副会長
平成22年~ 金沢弁護士会住宅紛争審査会紛争処理委員
平成23年~ 石川県公害審査会委員
石川県子ども政策審議会児童福祉部会委員
社会福祉法人石川県社会福祉事業団理事
平成24年~ 石川県消費者苦情審査会委員
平成25年 「ママ弁護士の子どもを守る相談室」執筆

弁護士「浮田 美穂」

よく尋ねられます。「なぜ弁護士になったのか?」

よく、なぜ弁護士になったのですか、いつから弁護士になろうと思っていたのですかと尋ねられます。

私は、もともとは弁護士になろうと思っておらず、検察官になりたいと思っていました。中学生のころ、テレビドラマで検察官という職業を知り、正義の味方のようで格好いいと思っていたからです。本気でかっこいい!っと思っていましたので、一生懸命、司法試験の勉強をしました。

よく尋ねられます。「なぜ弁護士になったのか?」

司法試験の勉強はとても大変でした。大学は法学部に入ったのですが、最初は授業についていけず、あまり理解できませんでした。このままではダメだと考え、大学4年の途中から休学して司法試験の受験勉強に集中し、3回目の司法試験で合格できました。

この段階では、まだ検察官になることを目標にしていました。

司法試験合格後、検察官の権力の強さにびっくり!

司法試験に合格した後は司法修習生として、裁判所、検察庁、弁護士事務所で研修を受けました。その研修の際に、「検察官は被疑者・被告人に対し、絶大な権力を持っている」ことに驚き、そして、権力を握るのは大変恐ろしいことだと感じ、検察官になるのをやめ、弁護士になる決断をしました。

検察官になるのをやめ、弁護士になる決断

子供を殺された親御さんにお会いする

弁護士になり、ご相談者から「解決できてよかった」と言われた時には弁護士になって本当によかったとやりがいを感じています。

私は、弁護士になる前に、子どもさんを殺された親御さんが、「少しでも子どものかたき討ちをしたい」ということで弁護士に依頼された方にお会いしたことがあります。

その方の苦しみは果てしなく、言葉では言い表すことができないものでした。その方にお会いし、こういう方の苦しみを少しでも癒すことができれば、弁護士としてどんなによいだろうかと心底思いました。

前向きに頑張ろうと思ってもらえる弁護士を目指す

弁護士に依頼される方は、それぞれに苦しみのどん底にいることが多いです。だからこそ、私は、それらが解決に至る過程で悩み・苦しみが減っていき、心が軽くなっていって、前向きに頑張ろうと思ってもらえる弁護士を目指したいです。

そのために、ご相談者の悩みをよく聞き、支えとなり、可能な手段を提案・実現していきたいと思います。