2020年12月17日

内定取り消しについて

1 内定とはどのようなものか


まずは、内定とはどのようなものかを説明します。
過去には、内定は、労働契約を結ぶ過程の1つに過ぎないため、使用者は自由に内定の取り消しができるという考え方もありました。

しかし、内定をもらったために就職活動を終えた学生が、会社の勝手な都合で、内定を取り消された場合、学生が困ることは明らかですし、不合理だと言えます。
また、内定をもらった学生が、内定を出した会社で働けると期待するのは、当然のことであり、その期待を保護する必要もあります。

そこで、最高裁判所は、内定により、大学卒業予定者と会社との間に、就労の始期を卒業直後とし、労働者の差し入れた誓約書に記載された内定取消事由に基づく解除権を留保した労働契約が成立したと判断しました(大日本印刷事件 最高裁判所昭和54年7月20日判決)。

すなわち、内定を出すことによって、大学や専門学校、高校等の卒業後に働いてもらうことを内容とする労働契約が成立したことになります。また、内定取消事由に基づく解除権が留保されているとなっているように、例えば、学生が大学を卒業できなかった場合等には、使用者(会社)は、内定を取り消すことができます。

ただし、解除権が留保されているとは言っても、学生と使用者との間には労働契約が成立しているため、何でもかんでも取り消すことはできません。内定を取り消すには、内定取消しが正当とされるほどの理由が必要となります。

以前、銀座のクラブでホステスのアルバイトをしていたことを人事部に報告したために、テレビ局から内定を取り消された大学生がいました。

テレビ局は、公の放送を担うアナウンサーには、高度の清廉性が求められるという理由で内定を取り消したのですが、ホステスとして働いたことが、本当に内定を失わせるに値する理由なのかは、より慎重に検討する必要があったと思います。

なお、内定を取り消された大学生は、その後、無事にテレビ局に入社することができ、現在は、テレビ局を代表する人気アナウンサーの一人として活躍しているようです。

2 内定取消しが許される場合及び許されない場合


ホステスのアルバイト経験があったからといって、それだけを理由に内定を取り消すことは許されないと考えられますが、どのような場合に、内定取消しが許されるのでしょうか。

内定取消しが認められる場合について、最高裁判所は、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通念上相当として是認することができるものに限られる。」と述べています(大日本印刷事件 最裁判所昭和54年7月20日判決)。

それでは、具体的にどのような場合に、内定取消しが適法となるのか、いくつかの事例を見てみましょう。

例えば、内定者が、市の公安条例違反の現行犯として逮捕され、起訴猶予処分を受ける程度の違法行為をしたことが判明したため、会社が行った内定取消しは、有効とされています(最高裁判所昭和55年5月30日判決)。

また、私立大学の専任教員の内定者が、大学運営や教育カリキュラムの編成等に対して正当な理由に基づかない非協力な態度をとり、同僚となるべき教員との融和を欠く態度をとったうえ、大学に対し給与関係や設備に関する非常識な要求を続けた場合に、大学による内定取消しが適法だとした裁判例もあります(甲府地方裁判所都留支部平成9年3月28日判決)。

次に、逆に内定取消しが違法と判断された例としては、在日韓国人であることを労働者が秘していた場合に、それを理由とする内定取消しが違法とされた事案があります(横浜地方裁判所昭和49年6月19日判決)。

大学等を卒業できなかった場合に内定が取り消されるのは当然だと思いますが、それにとどまらず、裁判例を見てみると、内定者が犯罪、非行を行った場合にも、内定取消しが認められていますし、このような場合、内定を取り消さざるを得ないことが多いでしょう。
また、程度の問題はあるにしても、使用者に対する非協力的な態度、同僚となるべき人達との不調和等も、内定取消し事由に当たる場合もあります。

一方で、国籍を隠していたことを理由とする内定取消しについては、無効とされていますので注意が必要です。国籍に限らず、信条、社会的身分を理由とする差別は許されませんので(労働基準法第3条)、信条や社会的身分を理由として、内定を取り消すことも、許されないことだと考えられます。

また、経歴の詐称についても、注意が必要です。詐称した事実が重大で、もし本当のことを知っていたのであれば、絶対に採用しなかったというのであれば、内定取消しが許される可能性が高いと思いますが、軽微な虚偽があったに過ぎないのであれば、当然に内定取消しが許されるとまでは言えないでしょう。

3 中途採用者の内定取消し


また、内定取消しが問題となるケースは、新卒者の採用に限らず、中途採用の場合にも問題となります。

東京地方裁判所平成9年10月31日決定は、ヘッドハンティングを行い、内定を出した者に対して、経営悪化を理由として内定取消しを行った場合において、整理解雇(リストラ)と同様の要件を満たすか否かを検討しています。

この事案においては、内定の取消し時期が入社日の2週間前であって、労働者は、すでに当時の勤務先に退職届を提出しており、もはや後戻りできない状況にあったこと、自らスカウトをしておきながら経営悪化を理由に採用内定を取り消すことは信義則に反することを理由に、内定取消しは無効とされています。

他社従業員に対するヘッドハンティングを行う場合、対象となる労働者は、前職を辞めることになりますので、内定取消しをするかどうか、またはその時期についても、十分な配慮が必要だと思います。

4 まとめ


最後になりますが、新卒採用にしろ、中途採用にしろ、経営悪化を理由にする内定取消しには、厳しい要件が課されていますので、従業員の採用を行う際には、会社の経営状況、景気の動向に注意を払いながら、不必要な内定を出さないように気を付ける必要があります。

また、内定を取り消された学生が、SNS等に投稿することによって、企業のイメージが棄損されることもありますので、その点に留意する必要もあります。

やむなく内定を取り消さざるを得ないとしても、内定を取り消され、期待を裏切られることとなる相手方に対しては、その心情に十分に配慮したうえで、内定取消しを伝えなければなりません。



執筆者プロフィール
弁護士紹介|太田 圭一弁護士 太田圭一 >>プロフィール詳細
1981年滋賀県生まれ。
離婚問題や相続問題に注力している。
悩みながら法律事務所を訪れる方の、悩み苦しみに共感し、その思いを受け止められるように努めています。

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