2023年02月17日

侮辱罪の厳罰化について

1 はじめに

去る令和4年6月13日,改正刑法が成立し,いくつかの重要な法改正がされました。その中でも「侮辱罪の厳罰化」が,同年7月7日をもって既に施行されており,注目を集めています。

約3年前,SNSでの誹謗中傷を原因にプロレスラーの女性が自殺した事件がきっかけでした。誹謗中傷をした投稿者に対する刑罰が軽すぎるとして,侮辱罪の厳罰化を期待する世論が高まったことが改正の後押しとなりました。

匿名性の高いインターネットの世界で行われる誹謗中傷が社会問題となって久しいですが,これらの発信ツールは私たちの生活においてどんどん身近な存在になってきています。実際,私たちが日々何気なく行っているコミュニケーションの多くは,インターネットを介して行われていますし,膨大な情報にアクセスし,その中で自分の意見を表明したりすることが,今もインターネット上のどこかで行われています。インターネットの世界では,悪意ある言論や行き過ぎた個人攻撃が,こうしている今も大量発生しているというのが実情で,誰もが被害者に,あるいは加害者になってしまうことがあり得るのです。

そこで,今回は「侮辱罪の厳罰化」というテーマで,刑法改正の内容を解説いたします。

2 侮辱罪とは

そもそも,侮辱罪とはどのような罪なのでしょうか。侮辱罪が成立する場合について,改正刑法231条にはこう規定されています。

「事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」

公然と対象の社会的評価を貶めるという点で,似たような罪に名誉毀損罪(刑法第230条)がありますが,名誉毀損罪が成立するのは「事実を摘示した(示した)場合」に限られており,「事実を摘示しなくても」成立する侮辱罪とは場面が異なります。

例えば,ある人を指して「バカ」「ごみ」「ブス」などと抽象的に侮蔑することは,侮辱罪が成立し得ますが,具体的事実を示していないので名誉毀損罪は成立しません。一般論としては,具体的事実を摘示した場合の方がより対象の社会的名誉を傷つけると考えられており,侮辱罪より名誉毀損罪の方が重い罪という位置づけになっています。

3 厳罰化の内容について

(1)改正前

法改正前,侮辱罪の法定刑は「拘留又は科料」でした。「拘留」とは1日以上30日未満,刑事施設に拘置する刑です。「科料」とは1,000円以上1万円未満の金銭を支払う刑です。この法定刑は,当時,刑法の罪の中で最も軽いものでした。

冒頭で触れた事件のように,侮辱罪しか成立しないような誹謗中傷に対しては,仮に人の死という重大な結果を招いたとしても,科料9,000円といった極めて軽い刑罰しか科されないのが現実だったのです。

なお,名誉毀損罪の法定刑は「3年以下の懲役若しくは禁固又は50万円以下の罰金」です。事実の摘示の有無によってこれほど法定刑に差があることは相当ではないとの意見が強くなり,侮辱罪の厳罰化が実現するに至りました。

(2)改正後

今回の改正によって,侮辱罪の法定刑は「1年以下の懲役若しくは禁錮若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げられました。名誉毀損罪の3年ほどではないですが,侮辱罪でも最大で懲役1年の刑罰が可能となりました。一方で,侮辱罪は相当軽微な事案も多くあることから,「拘留」と「科料」も残しています。

また,法定刑が引き上げられたことによって刑事手続における侮辱罪の取扱いも一部変化しました。例えば,公訴時効期間が1年から3年に伸びること(刑事訴訟法第250条2項6号),逮捕状による逮捕について「被疑者が定まった住居を有しない場合又は正当な理由なく出頭の求めに応じない場合に限り」逮捕できるとされていた制限がなくなること(同法199条1項ただし書)などです。

4 まとめ

このように侮辱罪が厳罰化された背景にあるのは,止むことのないインターネット上の誹謗中傷が,ときに重大な結果を招くことのある悪質な行為であるということです。あなた自身は世間の意見に晒されるような著名な個人ではないかもしれません。しかし,あなたの会社はどうでしょうか。あなたの会社が,インターネット上の掲示板,SNS,口コミサイト等で誹謗中傷され,知らぬ間に事業活動を阻害され損害が生じているということは頻繁に起こっています。

このような場合には,刑事事件とは別に,民事事件としてその誹謗中傷にどのように対応していくか,書き込みを消させたり,損害賠償を請求したりすることができるかという問題があります。弊所にも,インターネット上の誹謗中傷対策について経験豊富な弁護士も在籍しておりますが,是非,顧問弁護士等の弁護士にご相談ください。

2023年02月17日 | Posted in 【個人】刑事事件, 笠谷洵史の記事一覧 | | Comments Closed 

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