2021年07月28日
退職勧奨について
1 はじめに
企業が,勤務態度が良くない従業員や,成績が振るわない従業員について,退職してもらいたいと考え,その従業員に対して自主的に退職するよう働きかけることがあります。一般的に「退職勧奨」と呼ばれる行為です。
退職勧奨は,節度のある相当な方法で行われる限り,原則として自由に行うことができます。
もっとも,企業側の従業員に対する働きかけが,過度に威圧的であったり,執拗であると評価されるなどの場合には,退職勧奨が不法行為に該当し,企業が,退職勧奨を受けた従業員に対して,慰謝料等の支払い義務を負うことがあります。
今回は,退職勧奨が不法行為に該当するとされた事例の紹介を中心に,退職勧奨が違法と評価されるのはどのような場合か,考えてみたいと思います。
2 判断要素
どのような場合に退職勧奨が不法行為となるのかについて,法律に明文の規定があるわけではありませんが,裁判例などでは,一般的に,社会通念上相当と認められる限度を超えて,当該労働者に対して不当な心理的圧力を加えたり,又は,その名誉感情を不当に害するような言動を取った場合に,退職勧奨行為が不法行為に該当する,などとされています(東京地方裁判所平成23年12月28日判決など)。
退職勧奨が違法な不法行為と評価される事案としては,①退職勧奨が多数回,長期間にわたって行われた事案,②退職勧奨の際に不相当な言動があった事案,③退職勧奨の際に不相当な方法が用いられた事案,などがあります。
以下では,実際にあった裁判例をいくつかご紹介します。
3 違法な退職勧奨と判断された事例
① 退職勧奨が多数回,長期間にわたって行われた事案
退職勧奨の回数や頻度,退職勧奨が行われた期間を主な理由として,退職勧奨が違法と判断された事例としては,以下のようなものがあります。
使用者(市立学校)が2名の教員に対し,1名の教員に対しては約75日の間に13回,もう1名の教員に対しては約120日の間に11回,一回につき短いときで20分,長いときで2時間15分に及ぶ退職勧奨を繰り返した事例で,長期間にわたり,多数回に及ぶ退職勧奨がなされており,退職勧奨として許される限度を超えているとして,一連の退職勧奨が不法行為に該当すると判断されました。
② 退職勧奨の際に不相当な言動があった事案
退職勧奨の際の言動が社会的に許される限度を超えているとして退職勧奨が違法となって事例として,以下のようなものがあります。
使用者(航空会社)が,従業員(客室乗務員)に対し,約四か月間にわたり,三十数回の面談を行い,その中で「CAとしての能力がない」,「別の道があるだろう」,「寄生虫」,「他のCAの迷惑」などと述べた上,大声を出したり,机をたたいたりしたという事例で,退職勧奨の頻度,各面談の時間の長さ(長いときで1回8時間以上),従業員に対する言動は社会通念上許容しうる範囲をこえており,違法に退職を強要したものであって不法行為に該当すると判断されました。
③ 退職勧奨の際に不相当な方法が用いられた事案
退職勧奨の方法が問題となった事例としては,以下のようなものがあります。
ア 事例1
使用者(私立高校)が,療養休暇から復職し,視聴覚教育用施設の指導員とされ教員に対して,その施設の指導員の職を解いた後,一切の校務を分掌させず,部活動顧問も割り当てず,職員会議への出席も認めず,校務分掌がないことを理由に出勤不要とした上,教員が法廷闘争を望む以上給与も支給できないとして,一方的に給与の8割をカットするなどした事例で,これらの処遇は教員を退職に追い込むためのものであったと推認することができ,その教員の人格権を侵害する違法行為であり,一連の処遇は違法な退職勧奨であると判断されました。
この事例では,使用者(学校)が従業員(教員)に対して,面談を行うなどして退職を働きかけたわけではないようですが,教員を不利益に扱う一連の処遇が教員を退職させるために行われたものだと判断され,一連の処遇は退職勧奨行為であり,かつ,違法であると判断されました。
イ 事例2
印刷会社の社長が,会社のデザイン室に勤務する従業員(2名)に対して行った退職勧奨(回数は1回)について,退職勧奨の際,デザイン室の閉鎖を宣言し(その後,実際に,営業からデザイン室への発注を停止しました),退職勧奨の前に他の部署への配転も一切検討しなかったという事例です。裁判所は,単に退職を勧奨したというものではなく,従業員の仕事を取り上げてしまうものであって,退職の強要ともいうべき行為であり,その手段自体が著しく不相当であると判断して,退職勧奨が不法行為に当たると判断しました。
この事例では,退職勧奨が行われたのは1回でしたが,その退職勧奨の際に取られた手段が著しく不相当であるとして,違法な退職勧奨であると判断されました。回数や頻度が少なければ違法な退職勧奨にならないとは限りませんので,注意が必要です。
4 退職の効力自体が問題になる場合
退職勧奨が不法行為に当たる場合,使用者側は,違法な退職勧奨を受けた従業員に対して,慰謝料等を支払わなければならないことがあり得ます。もっとも,不法行為に該当する退職勧奨があり,その退職勧奨に基づいて従業員が自主的に退職したとしても,必ずしもその自主退職の効力が否定されるわけではありません。
しかし,例えば,実際には懲戒解雇事由に該当しないにもかかわらず,懲戒解雇事由があるからこのままだと解雇される,解雇される前に自主退職した方が良いと告げて退職させたなどの場合には,退職自体の効力が否定されることがあります。このような場合,従業員が退職の意思表示をした後も,法的には従業員であったということとなり,慰謝料等を支払うほか,退職後の賃金相当額を支払わなければならないこともあります。
懲戒解雇事由に該当しないことを知りながら「懲戒解雇事由がある」などと告げて退職を促した場合はもちろんですが,使用者側としては懲戒解雇事由に該当すると考えていたけれども客観的には懲戒解雇事由に該当しないという状況で,「懲戒解雇事由がある」などと告げて退職を促し,従業員が退職の意思表示をした場合であっても,退職の効力が否定される可能性がありますので,注意が必要です。
5 おわりに
退職勧奨について,事例を中心に解説してきました。
退職勧奨の際,対象となる従業員の人格を傷付けるような言動を取ってはならないのは,言うまでもありません。また,複数回の退職勧奨を行えば直ちに違法と評価されるわけではありませんが,従業員が明確に退職を拒絶しているにもかかわらず,頻繁に,長期間にわたって退職勧奨を継続するなどの場合には,違法な退職勧奨とされる可能性が高くなります。さらに,退職勧奨の回数は1回であっても,方法が不相当であれば違法な退職勧奨とされることもありますし,退職の効力が否定されることもあります。
違法な退職勧奨が行われてしまうと,退職勧奨を受けた従業員から慰謝料を請求する裁判などが提起される可能性があり,そのような事態になれば,会社が金銭的な負担を強いられるのみならず,会社の社会的信用が損なわれるおそれもあります。
退職勧奨を適切に行うことは,会社のコンプライアンス上も非常に重要なことであると考えられます。
特定の従業員に自主的な退職を促したいといった場合には,どのような方法で行うのが良いか,弁護士に相談されることをお勧めします。