2024年09月30日

【お役立ちブログ】旅館業法改正~カスタマーハラスメントに関する条項の新設~について解説します

1 はじめに

様々なハラスメントの中でも、昨今注目を集めているのがカスタマーハラスメント(以下「カスハラ」と略します)です。
行為者の側から見れば、極端なカスハラ(例えば、暴力や暴言を含むもの)は、暴行罪などの刑法上の犯罪行為に該当することがありますし、カスハラによって事業者が被った損害に関しては、民法上の不法行為に基づき賠償責任を負う可能性があります。事業者の側から見ても、カスハラは、従業員のメンタルヘルスなどにも顕著な悪影響を及ぼし、対応自体にかかるコストも無視できないものがあります。
しかし、カスハラ自体を直接に規制する法律は存在しませんし、カスハラ対策と言っても、具体的にどういうケースがカスハラに該当し、どのように対応すれば良いのかについては、まだまだ事業者に情報が行き届いてないのではないかと思います。

そんな中、去る令和5年12月13日に、ホテルや旅館など宿泊サービスを提供する事業者の業務に関係する旅館業法が改正・施行され、カスハラに関する規定が新設されました。また、東京都などでは、既にカスタマーハラスメント防止条例の制定が予定されており、今後、このような動きは全国的に広がる可能性もあります。
そこで、今回は、旅館業法の改正内容を確認しつつ、そもそもカスハラがどのようなものであるかについて、解説していきたいと思います。

2 旅館業法における宿泊拒否事由について

旅館業法では、いくつかの例外的事由がある場合を除き、原則として宿泊拒否はできないものとなっています(拒否事由がないにもかかわらず宿泊拒否してしまうと、50万円以下の罰金に処される可能性があります。同法11条1号)。今般、「宿泊しようとする者が、営業者に対し、その実施に伴う負担が過重であって他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求として厚生労働省令で定めるものを繰り返したとき(旅館業法第5条1項3号)」というカスハラによる宿泊拒否事由が新設されました。この宿泊拒否できるカスハラを「特定要求行為」といいます。あくまで、「繰り返したとき」であるのがポイントです。さらに、旅館業法施行規則では、次のいずれかに該当するものを繰り返すことで、宿泊拒否が可能なカスハラとして認められると規定されています(同施行規則第5条の6)。

A 宿泊料の減額その他のその内容の実現が容易でない事項の要求
B 粗野又は乱暴な言動その他の従業者の心身に負担を与える言動を交えた要求であって、当該要求をした者の接遇に通常必要とされる以上の労力を要することとなるもの

3 具体例

(1)改正内容を確認したところで、では、より具体的にどのようなケースでカスハラを理由に宿泊拒否が可能になるのでしょうか。厚生労働省のHPやパンフレットの中では、次のように挙げられています。

① 宿泊料の不当な割引や不当な慰謝料、不当な部屋のアップグレード、不当なレイトチェックアウト、不当なアーリーチェックイン、契約にない送迎等、他の宿泊者に対するサービスと比較して過剰なサービスを行うよう繰り返し求める行為

② 自身の泊まる部屋の上下左右の部屋に宿泊客を入れないことを繰り返し求める行為

③ 特定の者にのみ自身の応対をさせること又は特定の者を出勤させないことを繰り返し求める行為

④ 土下座等の社会的相当性を欠く方法による謝罪を繰り返し求める行為

⑤ 泥酔し、他の宿泊者に迷惑を及ぼすおそれがある宿泊者が、長時間にわたる介抱を繰り返し求める行為

⑥ 対面や電話、メール等により、長時間にわたって、又は叱責しながら、不当な要求を繰り返し行う行為

⑦ 要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が不相当なものを繰り返し求める行為

 どうでしょう。少しイメージが沸きましたでしょうか。

なお、厚生労働省が令和4年に作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、カスハラについて「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しており、これは、上記⑦の記載と概ね一致しています。

つまり、上記①~⑥は例示ですから、これらにぴったり当てはまらなくとも、⑦にあるように「要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が不相当なものを繰り返し求める行為」かどうかが重要な指標となります。これは旅館業に限らず、他の業界におけるカスハラに通底する指標になり得るものと考えてよいと思います。

 

(2)上記⑦の基準をさらに細かく見ていきますと、要求の内容が妥当性を欠く場合の例として以下が挙げられます。

・提供するサービスに瑕疵・過失が認められない場合
・要求の内容が、提供するサービスの内容とは関係がない場合

要求内容の妥当性にかかわらず不相当とされる可能性が高いものの例としては、以下のとおりです。
・身体的な攻撃
・精神的な攻撃
・土下座の要求
・継続的な(繰り返される)、執拗な言動
・拘束的な行動(不退去、居座り)
・差別的な言動
・性的な言動
・従業員個人への攻撃、要求

要求内容の妥当性に照らして不相当とされる場合があるものの例は、以下のとおりです。
・商品交換の要求
・金銭補償の要求
・謝罪の要求(土下座以外)

 

(3)業界問わず、現場で一番悩ましいのは、提供するサービスに何らかの瑕疵・過失があり、それに関連する要求をされているのだけれど、その内容が過剰であるとか、方法が不相当だと思える場合でしょう。

また、詳細は触れていませんが、障害者差別解消法との関係で特定要求行為から除外されるケースが存在します。例えば、障害者の方が宿泊に関して社会的障壁の除去を求めた場合(耳の聞こえない方が筆談でのコミュニケーションを求めたり、車椅子利用者が簡単な介助を求めることなどがそれに当たります)や、宿泊拒否事由に該当し得る行動について、障害の特性によることが、本人や同行者にその特性について聴取する等して把握できる場合には、特定要求行為を理由に宿泊拒否することはできません。

さらに、障害者との関係では、令和6年4月に、事業者に合理的配慮の提供が義務化され、障害者から現に社会的障壁の除去を必要としている旨の意思の表明があった場合において、その実施に伴う負担が過重でないときは、障害者の権利利益を侵害することとならないよう、当該障害者の性別、年齢及び障害の状態に応じて、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならない(同法8条2項)とされていますので、事業者にとっては、より判断に悩む場面が多いのではないかと思います。

4 まとめ

「カスタマーハラスメント」と名付けられ世間一般に知られる前から、カスハラは社会的事実として存在していましたが、これから条例が制定されるなどして、議論が深化していく分野だと思います。
事業者としては、先鋒に立っているひとりの担当者任せにせず、組織として対応することが肝要です。カスハラ対応をマニュアル化したり、事例や判断基準を周知徹底させることも有用です。こういった対策の具体例については、先述の厚生労働省が作成した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」にも詳細な記載がありますので、是非、一度確認していただくと良いと思います。

とはいえ、このような事前対策、事後対策に人的リソースを割くことが困難な場合もあると思います。

ご興味のある事業者の方は、是非、顧問弁護士等の弁護士にご相談ください。弊所にも、会社における各種ハラスメント対応や企業研修の実施などの経験も豊富な弁護士も複数在籍しておりますので、遠慮なくお問い合わせいただければと思います。

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