2021年04月23日

従業員のメンタルヘルスと企業の責任

 今回は,従業員のメンタルヘルスについて,企業がどのような責任を負うのかについて解説します。

 

1 企業の労務問題
 前回のコラムでお話ししましたが,メンタルヘルス対策は,従業員個人個人の問題というよりも,企業の労務管理の問題である,という認識が広がりつつあります。職場の環境が原因で従業員に心の不調が起こった場合,労災保険による救済と,企業による賠償の2つが考えられます。
 現在,うつ病などの精神障害やこれによる自殺を労災と認定する件数が年々増加しています。長時間労働やハラスメントにより精神障害が引き起った場合,労災と認定されるだけでなく企業が賠償責任を負うことになる可能性があります。
 業務に起因する事故だと認定されれば,企業に責任があるかどうかに関係なく,労災保険金の給付がされます。これに対し,従業員の心の不調について,企業側に従業員に対する安全配慮義務の違反があった場合には,労災保険金の給付だけでなく,企業側が損害賠償義務を負うということになります。

 

2 メンタルヘルスと労災
精神障害による労災が認定されるかどうかは,心は目に見えない問題ですので,とくに業務のストレスとの因果関係があるのか,慎重に判断されることになります。
 厚生労働省によれば,以下の3つに該当するかどうかを判断して認定するとしています(「心理的負荷による精神障害の認定基準について」平成23年12月26日 基発1226第1号)。

 

 ①認定基準の対象となる精神障害を発症していること
 ②認定基準の対象となる精神障害の発症前のおおむね6ヶ月の間に,業務による強い心理的負荷が認められること
 ③業務以外の心理的負荷や個体側要因により発症したと認められないこと
 ①については,うつ病やストレス反応が典型とされています。これに対し,アルコールや薬物による障害は原則として除外するとされていることに注意が必要です。
 ②については,発症前の6ヶ月の間に起きた業務による出来事について「業務による心理的負荷評価表」の「強」と評価される場合が該当するとされています。長時間労働やハラスメントのように,状況が継続したり行為が繰り返されるものについては,発症後の行為も対象として評価されます。
 ③は,会社の業務以外のプライベートな事情で精神障害を負った場合や,もともと精神疾患を持っていたのがたまたま再び発症した場合などは除外されるということになります。
 判断が難しい場合は,精神科医の合議による判定をするとされていますが,基本的には6ヶ月以内の判断を目指していく,とされています。とはいえ,外傷による労災認定に比べると,かなり長期間必要とされていることがわかります。

 

3 企業の損害賠償義務
 上記のような流れを経て労災が認定された場合でも,これによる給付は必ずしも被災者の損害の全額を補填するものとはなっていませんので,企業側に安全配慮義務違反があると認められる場合には,補填されなかった慰謝料などの損害の賠償を請求されることがあります。労災が給付されたからといって,それ以上に支払わなくてよいわけではありません。
話し合いで折り合いがつかない場合,裁判になります。労災の制度上,企業に故意・過失があったかどうかを問題にしていませんので,企業に明確な落ち度がなかったケースなどでは,労災は下りても裁判上は認められない,という場合もあります。
また,裁判所は行政の出している労災の認定基準に拘束されませんから,労災では業務による精神障害だと認めていても,裁判では業務による精神障害ではないと判断される場合があります。こと,精神障害の場合,業務によるストレスが原因なのか,本人に落ち度はなかったのかなどで,かなり難しい判断を迫られます。
しかし多くの裁判例をみますと,基本的には,行政の労災認定の判断を尊重する判断が多く,認定基準の合理性を肯定している傾向が強いといえます。そのため,労災認定の段階で,適切に調査に対応していくのがまず大切です。
そして,労災給付以外の請求の場合,役員が監督を怠ったために精神障害を発症したと認められるケースなどで,企業自体の責任に加えて,会社の役員個人の責任が問われることがありえます(会社法429条1項)。役員や従業員がハラスメントに加担したケースなどでは,会社だけでなく,ハラスメント行為をした個人に対しても賠償責任を追及することが可能です。
うつ病などで自殺してしまったケースなどでは,会社側が数千万円以上の賠償責任を負った例もあります。報道などにより信用を大きく落とすリスクもありますので,問題が起きたらすぐに弁護士にご相談ください。
次回以降は,具体的なケースをもとに解説した後,メンタル不調の対応と予防についてお話ししていきます。

 

参考文献:「第4版 予防・解決 職場のパワハラセクハラメンタルヘルス」(水谷英夫 日本加除出版)


執筆者プロフィール
弁護士紹介|森長 大貴弁護士 森長大貴 >>プロフィール詳細
1987年福井県生まれ。
債務整理やインターネットトラブルに注力している。
相談に来られた方が叶えたい希望はどこにあるのか、弁護士である前に1人の人間として、その人の心に寄り添って共に考えることを心がけている。
2021年04月23日 | Posted in 未分類 | | Comments Closed 

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