2020年08月20日

遺産分割の協議中でも預貯金の払い戻しってできるの?

この度の相続法改正は、配偶者相続人の生活の場所を確保する制度の創設、被相続人の介護に尽力した相続人以外の者の貢献に報いる制度の創設等、社会の変化、時代の要請に応じたものです。

これに対して、今回ご紹介する「預貯金の仮払い制度(遺産分割前の預貯金の払い戻し制度)」は、平成28年に最高裁判所が出した裁判例の影響を受けて、創設を余儀なくされた制度というべきでしょう。

Q 平成28年の最高裁判所の裁判例とはどのようなものですか

A 平成28年の最高裁判所の裁判例(最高裁判所平成28年12月19日決定)は、預貯金債権も遺産分割の対象となると判断しました。

この裁判例が出るまでは、預貯金債権は、各相続人の相続分に応じて当然に分割されると考えられていました。

例えば、被相続人の400万円の預金を、兄弟4人が相続した場合、遺産分割をすることなく、兄弟それぞれが、法律上当然に、100万円の預金を取得するとされていたのです。

ところが、平成28年の最高裁の裁判例が、預貯金も遺産分割の対象となると判断したため、400万円の預金について、相続人全員の話し合いがまとまったりするまで、各相続人が、自分の相続分に応じた預金を引き出すことが、法律上できなくなってしまったのです。

 

Q どうして平成28年の最高裁の裁判例が「預貯金の仮払い制度」創設に結び付いたのですか。

A 相続人全員の話し合いがまとまるまで、被相続人の預貯金が使えないとなると、困る相続人がいるからです。

例えば、亡くなった被相続人の未払の医療費や施設費用を立て替えた相続人、被相続人の遺産がなければ生活に困窮してしまう相続人は、少しでも早く、預貯金を引き出して使いたいと思うのが当然でしょう。

このような相続人の当面の資金需要に対応するために創設されたのが、「預貯金の仮払い制度」なのです。

 

Q どのような制度なのですか

A 実は、「預貯金の仮払い制度」には、2種類の制度があります。

裁判手続きが必要でない制度と、家庭裁判所が関与する制度です。

まずは、簡単な、裁判手続きがいらない手続きについて、説明します。

これは、各相続人が単独で、相続開始時の預貯金債権額の3分の1に、預貯金引出を求める共同相続人の法定相続分を乗じた額を引き出せるという制度です。

例えば、妻と2人の子供がいる被相続人が、600万円の預金を残して亡くなった場合、妻は、600万円の3分の1である200万円に、妻の法定相続分である2分の1をかけた100万円の払戻しを受けることができます。また、子供の相続分は、4分の1ですから、子供に対する払戻し額は、600万円×1/3×1/4=50万円になります。

ただし、払戻しを受けることができる金額には、1つの金融機関につき、150万円という上限があります(令和2年8月現在)。

そのため、仮に、ある銀行に、被相続人名義の預貯金が数千万円あったとしても、この仮払いの制度ですぐに引き出せる預貯金の額は、150万円になってしまいます。

 

Q 裁判手続きを使わずに金融機関で仮払いを受ける際の手続きを教えて下さい。

A 各金融機関の窓口等における手続きの詳細や必要書類については、法律に定めがあるわけではありません。

ですが、相続開始時の預貯金の額の3分の1に払戻しを求める者の法定相続分を乗じた額の範囲内で仮払いを認めるとされていることからして、

①被相続人が死亡した事実
②相続人の範囲
③仮払いを求める者の法定相続分

が分かる資料を持って行く必要があると考えられます。

具体的には、これらの事実を明らかにするための戸籍や法務局における認証を受けた法定相続情報一覧図が必要になるでしょう。

そのため、戸籍などの書類を集めるために、どうしても手間と時間がかかってしまうとは思います。

しかしながら、仮払いの制度ができる前は、預貯金債権が当然に分割されるとは言っても、多くの金融機関では、相続人全員の同意があるまでは、預貯金の払戻しに応じないという運用がなされていたことからすれば、この仮払い制度ができたことにより、今までよりも早く、相続人が預貯金を現金化することができるようになったと言うべきでしょう。

 

Q 家庭裁判所が関与する「預貯金の仮払い制度」とはどのようなものですか。

A これまでも、家庭裁判所に申し立てることにより、遺産分割が成立する前に、仮に分割を認める制度はありましたが、相続法改正により、より緩やかな条件のもと、預貯金の仮払いが認められるようになりました。

相続財産に関する債務を弁済する必要がある場合、相続人が生活費に充てる必要がある場合等、他の共同相続人の利益を害さない限り、家庭裁判所は、預貯金の仮払いを認めることができるようになりました。

そうは言っても、家庭裁判所への申立てが必要ですので、すぐに預貯金の払い戻しを受けることができるというわけではありませんし、家庭裁判所への申立てを一人で行うのも大変でしょう。

ですから、先述した裁判手続きがいらない仮払い制度によっても、十分な預貯金が確保できないという場合には、弁護士への相談をお勧めします

 

今回は、最高裁判所の平成28年の裁判例を受けて作られた「預貯金の仮払い制度(遺産分割前の預貯金の払い戻し制度)」を紹介しました。

次回は、今回の相続法改正に伴い、自筆証書遺言が使いやすくなりましたので、自筆証書遺言をテーマとする予定です。



執筆者プロフィール
弁護士紹介|太田 圭一弁護士 太田圭一 >>プロフィール詳細
1981年滋賀県生まれ。
離婚問題や相続問題に注力している。
悩みながら法律事務所を訪れる方の、悩み苦しみに共感し、その思いを受け止められるように努めています。

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