跡継ぎの養成できていますか?
1 跡継ぎ問題は難しい
相続について書いています。今回は、跡継ぎの養成、について考えたいと思います。
自分の築いた物を引き継ぐ人、それが跡継ぎです。誰しも、そういう信頼できる跡継ぎを育てたいと思っているはずですが、現実には、これが難しいのです。
私も、跡継ぎを養成できずに困っている事例は山のように、見たり聞いたりして来ました。
誰しも、跡継ぎを養成したいのです。ところが現実は厳しいものがあります。とかく、偉い人の2代目には、色々な問題を起こす人が少なくありません。事業に失敗して1代目の業績を食いつぶした2代目、というのもよく聞きます。
2 親子が対立した事例
親としては、自分の子どもに引き継げればよいのですが、それがまた難しいことで、親子でもめる例も珍しくありません。
以前あったことですが、某大手洋服販売業を営んでいたP社において、親子の紛争がありました。P社の創業者勝男氏(仮名)は、やり手の社長でした。全国に大きな店舗を幾つも設立し、ピーク時には営業利益100億円に達していました。
ところがその後、徐々に業績が下がって行ったのです。そこで、娘の花子さん(仮名)が2代目として社長に指名されました。それまでその会社では、店員が顧客と濃密な関係を結び、その会社のファンにさせた上で、いざというときのまとめ買い需要に応える形で業績を伸ばして来ました。花子さんは、そのような販売方法は、これからの時代にはマッチしないと考えて、濃密な関係を作らずに、その代わり気軽に店内に入って自由に商品を見ることができる雰囲気を作るのが大事だ、と考えました。
ところが、花子さんが2代目の社長に就任しても、業績は思うように改善しませんでした。そのため、創業者勝男氏が社長に復帰したのですが、その後また社長が花子さんに復帰しました。このような過程で、創業者と2代目が激しく争うようになりました。最終的には、多数決で花子さんが社長になったのですが、多数派形成に敗れた勝男氏は、花子さんのやり方に納得できず、P社の人材を引き抜き、別会社を作って、出て行ってしまいました。こうしてP社は分裂してしまったのです。
3 正しいことを貫くことは常に良いことなのか?
どちらが正しいかはコメントしませんが、少なくとも、2代目からすれば、創業者の言動はやりにくいことこの上ないでしょう。勝男氏としては、正しいのは自分だ、という思いが強く、2代目に全面降伏を迫っているように見えます。「絶対に自分は正しい」という強い思いが、ここまで紛争が激化させてしまいました。
ただ、一般的には、年を取れば体力だけでなく判断力も低下するでしょうし、社会の変化に対応する柔軟性や適応能力も低下する、というのは間違いないでしょう。
そもそも、この世に一方が絶対的に正しい、ということがあるのでしょうか。仮にその時点では創業者の方が正しかったとしても、会社経営は時代の変化に応じて、時々刻々と変化して行くものでしょうから、花子さんが失敗しても任せて上げることで、やがて2代目のやり方が芽を出し花を開かせることがあるのではないか、とも言えましょう。
後継者の養成という面から見た場合、そして適切な事業承継、という面から見た場合も、果たして、正しいことを貫くことが常に良いことと言えるのでしょうか。ある人は「正しいことを言うときは少しひかえめにするほうがいい」という有名な言葉を残しました。また、ある有名なコンサルタントは、「正しいことを言うことは、正しいことではない。」とまで言っています。これは、人を育てる場合に、少々失敗してもそれには目をつぶり、良いことを認めて、褒めて育てる、と言われているのと同じです。
4 ある育児現場でのことー子どもを激変させた一言とは?
こんな話を聞きました。ある知人の男性からです。彼は、2才の子どもを育てているお父さんでした。子どもが食事中によく立ち歩きをしている、食事中なのに本棚までフラフラ歩いて行って絵本を手に取っている、「立ち歩きするな、食べる最中に歩くな」と幾ら注意しても聞き入れない、困ったものだ、と思っていた、ところがある時、ほめて育てよ、と言われたことを思い出し、言い方を変えてみた、すると子どもの行動が変わった、と言うのです。それは、立ち歩きした時に、「絵本を見るのは食べ終わってからにしようね」と声を掛けたのだそうです。
一体どこが違うのか。前者は、子どもの行動を全否定しています。子どもの気持ちを分かろうという姿勢もありません。親の言いたいことだけ言っています。どういう言い方が効果的か考えていません。しかし子どもとすれば、自分は絵本を見たくなったから見ているだけなのに、何で駄目なんだ、という不満ばかりが残る、ということになります。
これに対して、後者の場合は、自分の気持ちも分かってもらえているので言われることに耳を傾ける気にもなります。そして、絵本を見たくなっても、食事中だとそれが終わってからにすればいいんだな、と理解できます。受け入れも容易です。後者は、前向きな言葉、と言うことができるでしょう。
その知人は、この経験を通じて、子どもだと馬鹿にしていては駄目なんだ、子どもには子どもの考えもあるし、尊重しようとするのが大事だと分かった、と言っておりました。
5 跡継ぎ養成ナンバーワンの言葉
先の勝男氏の件で言えば、勝男氏は要するに自分の言いたいことだけを言っているのではないか、花子さんの気持ちを考えて、花子さんも受け入れ可能な提案をするなり行動することはできなかったのか、更に言えば、勝男氏は、自分の気持ちを抑えて花子さんの立場を思いやることが必要だったのではないか、と言えます。自分の気持ちを抑えること、これは、世間でよく言われる、堪忍(我慢すること、忍耐すること)です。
日本の歴史上、後継者の養成に最も成功した人、と言えば、多くの人は、徳川家康の名を上げるのではないでしょうか。戦国時代、織田信長はまだ元気なうちに明智光秀の謀反で殺されました。豊臣秀吉は、最高の権力を手に入れましたが、適切な後継者を育てられないまま、まだ幼い秀頼にすべてを託すしかありませんでした。ところが家康は、徳川300年の礎を築き、生存中に隠居して権力を2代目秀忠に譲り、平穏な形で生涯を閉じております。
その家康の遺訓がこれです。「人の一生は重荷を負うて遠き道を行くがごとし。急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。こころに望みおこらば困窮したる時を思い出すべし。堪忍は無事長久の基、怒りは敵と思え」。聞いたことのある人も多いと思います。堪忍することの大切さ、心に浸みます。
跡継ぎ養成に悩むすべての方に贈りたい言葉です。