2021年12月03日

遺言書の勧め

1 自分が死んだら自分の財産はどうなる?

死んだらその人の財産はどうなるか、それを取り決めてあるのが、民法の相続法(民法第5編―882条~1050条)です。民法第5編のことを、相続法とも言います(これはあくまで民法の1部であり、独立した法律ではありません)。

ここで、分かりやすくするために、主人公の名前を、仮に、山田花子さん、としておきます。

花子さんに子どもと夫(配偶者)がいる場合、花子さんの財産は、半分は夫に、半分は子どもに行きます(図1)。

子どもがおらず、配偶者しかいない場合は、大半は配偶者に行くのですが、花子さんの両親が存命の場合、一部(3分の1)は親に行きます。親1人当たり6分の1ずつ、ということです(図2)。

配偶者はいるものの、子はおらず親も死去している場合は兄弟姉妹に行きます(遺産の4分の1を兄弟姉妹で分けることになります)(図3)。

兄弟姉妹はいたが既に死亡している場合は、兄弟姉妹の子どもに行きます。

では、花子さんに夫も子どももいない場合はどうか。兄と弟がいれば全部が折半されて兄と弟に行きます(図4)。

3 死んだ財産の行方 世間で誤解している人も多い

では、山田花子さんが、一人っ子で夫も子どももいない場合はどうなるのでしょうか。両親も既に他界した場合を想定しましょう。今の時代、こういうケースは日常的に出て来ます。

親の姉弟がいる場合、つまり花子さんに伯母叔父がいる場合、叔父さんや伯母さんに相続されるのではないか、と思っている人があります(図5の場合)。

しかしこれは、完全な誤りです。叔父や叔母には相続権はありません。ですから、このケースで花子さんには、相続人はいない、ということになります。その遺産は、いわば、宙に浮いてしまう、ということです。この場合、遺産はどうなるのか。

こういう場合も、民法は想定しております。それを次に説明します。

4 相続人のいない遺産は国庫に帰属する

相続人のいない遺産は、国庫に帰属します。つまり、財務省の管理下で、国家財政に組み入れられる、ということです。この、国庫に帰属する遺産の額が、最近の調査によると、急増しているようです。兄弟数が減り、少子高齢化が進んでいることが原因でしょう。

ただし、これには大きく分けて、二つの例外があります。一つは山田花子さんが遺言書を作成していた場合、もう一つは、遺言書はないものの相続財産管理人が選任された場合です。

今回は、前者について説明します。

5 遺言書の有無で遺産の行方は全く変わります。

遺言書を作成すれば、自分の財産を好きな人や渡したい法人(会社やNPO法人、寺などの宗教法人などでも可能)に渡すことができます。花子さんのように、配偶者も子どももいない人については、是非、遺言書の作成をお勧めしたいです。また、配偶者はいても子どもがいない、というご夫婦についても、お勧めしたいです。というのも、夫婦のどちらかが何時死ぬかは全く分かりません。いつ突然の病に襲われるかも分かりません。元気なうちでないと、遺言書は書けません。弁護士をしていると、遺言書がないことで生じた悲劇や、遺言書があったことで悲劇を防止できたことは、日常的にあります。

たとえば、こんなケースがありました。あるところに、腕のよい眼科のお医者さん(女医さんでした)がありました。仮に、津田貴子医師としておきます。若いころは、大きな病院でバリバリやっていましたが、やがて独立し、ある田舎町に医院を開業しました。実はその田舎町は、学生時代からの友人で、気心の知れた、看護師佐藤陽子さん(仮名)の実家がある町でした。津田医師は、学生時代から何度も訪れており、日本アルプスの山の峰が綺麗に見えて、空気がおいしくて大好きな町でした。そこで、その田舎町で開業することにしたのです。当時陽子さんは、夫と死別して身軽だったことから、声を掛けたところ、快諾され、看護師として、一緒に生活しながら、医院を開業することにしたのです。

津田医師の腕のよさと陽子さんの明るく優しい性格が功を奏したのか、医院は大いに繁盛し、地域から信頼される眼科医院となりました。

津田医師には、結婚歴はあるものの、早い時期に離婚して、子どもはおりませんでした。兄弟やその子(甥・姪)は関西に何人かおりましたが、ほとんど付き合いはありませんでした。そこで津田医師は、陽子さんに対し、常々、「自分の遺産は、十分な額はあなたに上げるからね」と口にしておりました。ただ、遺言書を書いたという話が出ないまま、日々の診療に追われる毎日でした。

こうして開業して30年が経ちました。津田医師には、約6億円の資産が形成されていました。そしてそのころのある日、朝方、心臓発作で急に倒れて、救急車で病院に運ばれましたが、帰らぬ人となってしまったのです。

葬儀が終わり、一息ついたころ、陽子さんは、町の弁護士に相談しました。生前から上げると言われていたが遺言書はなさそうです、こんな場合遺産は貰えるのか、と。

すると弁護士の答えは非情でした。紙に書いたものがないのであれば、何ももらえませんよ、と言うのです。

陽子さんは、遺言書がないかと思い、遺品を整理しつつ、探しましたが、見つかりません。遺産相続は諦めるしかないのか、と思っていたところ、ある日仏壇の中を整理していたところ、仏壇の引き出しの奥に、手書きの遺言書らしきものが出て来たのです。それを見ると、遺産は、兄弟や社会福祉法人にも渡すが、陽子さんにも6分の1を渡す、という内容になっていました。再度弁護士に相談したところ、有効な遺言書である、とのことでした。遺言書がなければ、遺産は全部兄弟に行くところでしたので、陽子さんは、報われる思いでした。

6 以上のとおり、遺言書によって、自分の財産を、死後、自分の渡したい人に渡すことができます。ただ、幾ら気持ちがあっても、書かないと、渡したい人に渡すことはできなくなります。しかも私たちは、いつ、急の災害や事故や病気に襲われるか分かりません。コロナウイルスもいつ増加に転ずるか分かりません。ですから、思い立ったその時に遺言書を作成することをお勧めしたいです。自分で手書きで全部書いて、日付けを入れて署名押印するだけで、有効な遺言書ができます。

詳しいことは、当事務所にて具体的にアドバイスできますし、作成し執行するまでをセットでお引き受けすることもできます。

執筆者プロフィール
弁護士 二木克明 >>プロフィール詳細
相続問題と労災事件に注力している。
相続問題は,年間相談件数44件(受任件数40件)(※直近1年間)の豊富な経験を持つ。
依頼者のお気持ちを大切にすることを心がけている。

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