2021年06月24日

「移動時間」は労働時間か

残業代請求対応―移動時間は労働時間か

 

1 はじめに
従業員は出社のために通勤したり,事業所に出社した後に作業現場まで移動したり,事業所内の更衣室で着替えた上で作業場へ移動したり,出社後に取引先に向かったり,出張に行ったりします。これらのように,従業員が働く場面では様々な移動時間がありますが,移動時間は労働時間に当たるのでしょうか。
思わぬ残業代請求を受けるおそれもありますので,移動時間が労働時間に当たらないか使用者として気を付ける必要があります。

 

2 労働時間とは
そもそも労働時間はどのように判断されるのでしょうか。
判例では,労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいうとされます(最高裁平成12年3月9日判決・三菱重工業長崎造船所事件(一次訴訟・会社側上告))。そのため,業務そのものではない準備行為等であっても,事業所内で行うことを使用者によって義務付けられたり,使用者による拘束が認められる場合には,労働時間に当たると考えられています。
そこで,様々な場面に分けて移動時間が労働時間とされるのかみていきましょう。

 

3 通勤時間
通勤時間は労務を提供するための労働者の準備行為にすぎず,使用者の指揮命令下に置かれているとはいえないので,労働時間には当たらないと考えられています。
同じ工事現場で働く労働者が会社の寮から工事現場まで同じバスで移動する場合であっても,その移動時間は通勤時間の延長や拘束時間中の自由時間といえるとして,原則として労働時間に当たらないとされています(東京地裁平成10年11月16日判決)。

 

4 会社事務所に立ち寄った後の工事現場への移動時間
労働者が一旦会社事務所に立ち寄った後,工事現場に移動した場合については,具体的な事案に応じて指揮命令下に置かれていたといえるかそれぞれ判断されています。
東京地裁平成14年11月15日判決では,①工事現場での作業開始時間及び終了時間が定められ,実際に定められた時間で運用されていたこと,②労働者が一旦会社に立ち寄った後,単独または複数人で車両に乗って工事現場まで移動していたが,それは会社が命じたものではなく,車両運転者や集合時間等を労働者間で決めていたことを理由として,会社事務所と工事現場との移動時間は通勤としての性格を有し,労働時間に当たらないとされました。
他方で,東京地裁平成20年2月22日判決は,会社事務所に立ち寄った際に打合せや資材の積込みが行われていること,誰がどの工事現場に行くかは当日の天候や休業者に左右されたり,各工事現場の進捗状況に応じて会社代表者が采配していた実態等から,会社事務所へ立ち寄ることが会社から実質的に指導されていたとして,会社事業所に立ち寄った後の工事現場までの移動時間を労働時間に当たると判断しました。

 

5 出社後の事業場内の移動時間
出社後の事業場内の移動時間についても具体的な事案に応じて指揮命令下に置かれていたといえるかそれぞれ判断されています。
最高裁平成12年3月9日判決・三菱重工業長崎造船所事件(一次訴訟・会社側上告)は,労働者が使用者から実作業に先立って作業服等の装着を義務付けられた上,事務所内の所定の更衣所等において行うものとされ,始業の勤怠が準備体操場にいるか否かで判断されていたことから,装着及び準備体操場までの移動時間が会社の指揮命令下に置かれていたとして,労働時間とされました。
同日に出された同事件の組合側上告事件では,始業時刻前の事業場の入退場門から更衣所等への移動時間は業務性や使用者による拘束が認められないとして,労働時間ではないとされました。

 

6 勤務時間内の取引先への移動時間
出社後,勤務時間内に営業活動や保守作業のために取引先訪問する場合には,会社から訪問先での業務が命じられているため,訪問先への移動も業務に不可欠なものとして命じられており,移動時間が労働時間に当たると考えられる場合が多いでしょう。

 

7 出張時の移動時間
出張先に行くために休日に移動する場合,出張先での労務提供の準備行為であることが一般的だと思われます。そして,例えば電車での移動では読書をするなど自由な活動が認められているのが通常ですので,使用者による指揮命令下に置かれているとはいえず,労働時間に当たらないと考えられると思われます。他方で,勤務時間内に移動する場合,出張先への移動自体業務として命じられていると考えることができますので,移動時間が労働時間に当たると考えられる場合が多いと思われます。
なお,出張時の移動時間が労働時間と認められない場合であっても,従業員に負担をかけるため出張手当等の手当を支給する会社が多いと思います。

 

8 おわりに
移動時間が労働時間と考えられる場合,会社として思わぬ残業代請求を受けるおそれがあります。
今回見てきたとおり,会社事務所に立ち寄った後の工事現場への移動や出社後の事業場内の移動は,事案に応じて判断が分かれることがあります。そのため,会社としてどこに気を付け,どこを改める必要があるのか判断するには法律専門家である弁護士のアドバイスが不可欠です。
各移動時間の実態を確認して適切な労務管理をするために是非弁護士にアドバイスを求めていただければと思います。

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