2021年05月24日

残業代請求対応―待機時間は労働時間か

1 はじめに
夜間の警備業務における仮眠時間や長距離トラック運転手の配送先での待ち時間など,従業員の業務の内容によっては実作業と実作業との間に待機時間不活動時間)が生じることがあります。この待機時間が「労働時間」に当たる場合にはその時間の賃金を支払う必要がありますし,「労働時間」に当たる結果,労働時間が所定労働時間を超える場合には残業代が発生します。待機時間が「労働時間」に当たる場合には従業員から思わぬ請求を受けるおそれもありますので,従業員の待機時間が「労働時間」に当たるか正確に整理しておく必要があります。

 

2 労働時間とは
そもそも労働時間はどのように判断されるのでしょうか。
判例では,労働時間とは労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間をいい,実作業に従事していない時間(不活動時間)が労働時間に該当するかどうかは,労働者が不活動時間において使用者の指揮命令下に置かれていたと評価できるかどうかによって客観的に定まるとされています。そして,不活動時間に労働者が実作業に従事していないというだけでは,使用者の指揮命令下を離脱していた(労働時間でない)ということはできず,不活動時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて,使用者の指揮命令下におかれていない労働時間でない)と考えられています(最高裁平成14年2月28日判決・大星ビル管理事件参照)。
したがって,労働からの解放が保障されているかどうかによって,不活動時間が労働時間かどうか決まり,不活動時間にも労働契約上の役務提供が義務付けられている場合には,労働からの解放が保障されているとはいえず,労働者は使用者の指揮命令下に置かれている(労働時間である)とされます。
具体的に裁判で待機時間・不活動時間が労働時間であるか争われた事例は次のようなものがあります。

 

3 ビル管理会社の従業員の仮眠時間(大星ビル管理事件)
これは,ビル管理会社の従業員が従事する泊り勤務の間に設定されている連続した7時間から9時間の仮眠時間が,労働時間に当たるか争われた事案です。
①従業員が労働契約に基づいて仮眠室での待機と警報や電話等に対して直ちに相当の対応をすることを義務付けられており,②そのような対応をすることが皆無に等しいなど実質的に労働契約に基づく義務がないと認められるような事情も存在しないことから,仮眠時間も含めて使用者の指揮命令下に置かれているとして,仮眠時間が労働時間に当たる,と判断されました。

 

4 守衛業務中の仮眠時間
東京高裁平成23年8月2日判決(ジェイアール総研サービス事件)では,その従業員の具体的な労働契約の内容・勤務実態を踏まえて,守衛業務中の仮眠時間等が,労働時間に当たる,と判断されました。
他方で,仙台高裁平成25年2月13日判決(ビソー工業事件)では,最低4名の警備員が配置され,仮眠しない2名が監視・巡回業務を行い,突発的な業務が生じた場合に対応する態勢が採られていた等の勤務態勢,具体的な労働契約の内容,警備員の勤務実態・認識等を踏まえて,警備員の仮眠時間が労働時間に当たらない,と判断されました。

 

5 トラック運転手の休憩時間,待機時間
大阪地裁昭和58年8月30日判決(立正運送事件)では,長距離トラック運転手の食事休憩時間が労働時間に当たるか争われました。運転手が,労働契約上,食事休憩時間においても積荷等の管理保管責任を負っていたことから,労働時間に当たる,と判断されています。
他方で,大阪地裁平成18年6月15日判決(大虎運輸事件)では,運行中の1,2時間の休憩時間について,相当まとまった時間であることから労働時間に当たらないと判断されましたし,配送先での荷下ろし作業後,次の仕事の指示を待つ間の時間について,従業員の勤務実態を踏まえて,労働時間に当たらない,と判断されました。

 

6 このほか,タクシー運転手やバス運転手の待機時間について労働時間かが争われる事案も多く,具体的な労働契約の内容,勤務実態等に照らして判断されています。

 

7 おわりに
従業員の待機時間・不活動時間が労働時間と判断される場合,その時間に対応する賃金を支払う必要があるばかりか,思わぬ残業代請求を受けるおそれがあります。その場合,残業代が高額に上ることもあります。
今回見てきたとおり,裁判では,実際の労働契約の内容,勤務実態等に着目して労働時間かどうか判断されますので,同じような内容の待機時間・不活動時間でも対象となっている会社によって判断が分かれます。
そのため,従業員の待機時間・不活動時間が労働時間になるのか,それに備えてどのような措置を講じるべきかについては,法律専門家としての弁護士のアドバイスが不可欠です。
実際の労働内容に応じた適切な賃金の支払を行い,想定外の請求を受けないために,是非,弁護士にアドバイスを求めていただければと思います。


執筆者プロフィール
弁護士紹介|竝木 信明弁護士 竝木信明 >>プロフィール詳細
1987年茨城県生まれ。
交通事故問題に注力している。
依頼者の話をよく聞いて,その心に寄り添い,不安,悩みを共有し,そして,その方が真に解決したいと思っていることへの適切な解決を提案できるように努めています。

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