2021年05月24日

メンタルヘルスと企業の責任~実例を通して~

今回は,従業員のメンタルヘルスについて,企業がどのような責任を負うのかについて,実際にあった裁判例をいくつかみていきます。

 

1 名古屋地裁平成20年10月30日判決
 本件は,所属する会社であるA社から,B社に長期出張して仕事をしていた従業員が,出張先であるB社からハラスメントを受けた等によりうつ病になったケースです。
 従業員Xは,B社での長時間労働に加え,仕事をミスした際にB社の上司から,他の従業員もいる前で公然と叱責されたり,侮辱されたりしていました。そこでXは,A社に戻ることを希望したのですが,A社担当者もB社担当者も聞き入れなかったため,しかたなく業務を継続していました。このとき,B社の言動については特段の対処はされていませんでした。
 やがてうつ病を発症したためXは休職し,その後いったん回復したことからA社に復帰したものの,再度うつ病を発症してまたも休職せざるをえませんでした。
 そこでXは,A社とB社に対し,健康上の安全配慮義務違反により,約1880万円を請求し,訴訟となりました。判決では,このうち休業損害と慰謝料等(ただし,30%の素因減額)として,A社とB社がXに対し,連帯して約150万円支払義務を認める内容となっています。
 このケースでは,長時間労働に加え,B社内での叱責がパワハラと評価されても仕方ないものだとした上で,B社に責任を認めただけでなく,業務の軽減などの援助をする措置や,A社に帰社させる措置を取るべきだったとして,A社についても責任を認めています。たとえ出張先のした行為が原因であったとしても,自社の社員のメンタルヘルスを含む健康状態に配慮すべき義務があると判断したものです。

 

2 浦和地裁平成13年2月2日判決
本件は,C社内で昇進した従業員Xが,責任ある役職の重圧とX父の看護を苦にして自律神経失調症を発症し,自殺してしまったケースです。
 C社で20年以上勤続していたXは,実父の精神疾患の治療のために休暇を取るような状態になっていましたが,勤続歴が長いこともあり,C社はXを課長に昇進させました。同時期に,X父は容体がかなり悪化し,徘徊するようにまでなったため,Xは連続して休暇をとらざるをえなくなりました。悩んだXは,同僚Dと上司Eに相談し,X父の状態が悪いことと,それゆえ自分には課長職が負担であることを話し,退職を示唆しました。
 ほどなく,X父が死亡し,Xが気落ちしているところに,上司Eが「自殺できるならしてみろ」等と話したことがありました。その数ヶ月後,Xは休みがちになり,自動車内で自殺未遂をしているところを同僚Dが発見し,このときは未遂にとどまりました。
 Xの自殺未遂を受けて,同僚Dと上司EがX妻と相談したところ,Xに勤務を続けるよう説得することになり,X宅に同僚Dと上司Eが訪問し,Xを説得しました。その際,上司Eに熱が入り,Xに出社するよう話して胸倉をつかむこともありました。
 Xが病院に受診したところ,自律神経失調症と診断され,1ヶ月休養を要するとされました。そこでXが上司Eに診断書を提出し休みを取ろうとすると,上司Eは,この診断書で休むと気違いだと思われる,と言ったため,Xは提出を撤回し休みを取らないようにしました。
 診断書提出の撤回から数ヶ月後,同僚Dが転勤することをXに告げたところ,その1週間後にXは自殺しました。そこで遺族は,E及びC社に対し,EのXに対する不法行為と,C社の不法行為ないしXに対する健康上の安全配慮義務違反があったとして,訴訟を起こしました。判決では,上司Eの行為が結果的にXを追いつめたとして,E及びC社の責任を肯定し,慰謝料など約1300万円(ただし,企業側の寄与度は30%程度,さらに過失相殺50%とされ,全損害額の15%として)の支払義務を認める内容になっています。
 このケースでは,業務自体が過重だったり,上司Eの行為がパワハラだったりしたとまではいえません。種々の要因から精神的に不調となったところ,上司EはXが悩んでいることや自殺未遂までしたことを知ったうえで,Xを強く説得したり,煽るようなことを言ったりして,かえってXを追いつめてしまったことから,上司Eの過失を認め,会社側の責任を肯定したといえます。
この裁判例では,上司Eの行為には悪意はなく,むしろXへの期待があったことがうかがわれるとされており,精神障害に対する無知が招いた事件だったと思われますが,知らなかったからといって責任を免れないということがわかるケースです。
3 最高裁平成12年3月24日判決
 本件は,F社に新卒で入社した新入社員が,長時間労働によりうつ病に罹患し,自殺してしまったケースです。
大学卒業後F社に入社したXは,ラジオ番組のイベントの企画立案とその実施を業務として任されました。
F社での労働時間管理体制は自己申告となっており,残業が月90時間を超えたら理由を聞かれる,3ヶ月連続で残業時間が80時間を超えた場合は医療機関を受診させる等の労務管理体制が一応ありました。しかし,実質的には役立っておらず,F社内では従業員の長時間労働が慢性的な問題になっており,数百名超長時間労働をしている従業員がいたり,多くの従業員が労働時間過小申告したりするなどしていました。
Xも周囲と同様に長時間労働をしており,入社から10ヶ月後には日付が変わってから退社することが多くなり,帰らない日があるような状態でした。入社から1年後の頃には数日に1度の割合で朝方まで残業するような状態になっていました。この頃,Xの上司が,Xが徹夜していることを聞き,Xに対してきちんと寝るように等の指導をしていました。
入社から1年3か月頃には,Xは元気がなく暗い感じで,顔色が悪い,目の焦点が合っていないなどで,外見上も様子がおかしいことが周囲にわかるような状況でした。この頃,Xが上司に対し,たまに何をしているかわからない,2時間しか眠れないなど話すようになりました。
入社から1年5ヶ月頃,出張の際Xが運転したところ,蛇行運転やパッシングをするなど様子がおかしい状態でした。出張から帰ったXは,自宅内で自殺しました。
そこで遺族は,F社に対し,Xへの健康上の安全配慮義務違反があったとして,訴訟を起こしました。判決では,長時間労働をさせたことによりXがうつ病に罹患したとしてF社の責任を肯定し,慰謝料など約1億2000万円支払義務を認める内容になっています。
このケースでは,前提として長時間労働や労働時間の過少申告が常態化していわば企業の文化となっており,明らかな長時間労働状態を会社が黙認する状態で,新入社員のXもそれにならって同様に行動していたものと思われます。労務管理体制自体はあったものの,上記のような状況ではまったく機能せず,予防策として無意味でした。Xの勤務実態として,いわゆる過労死ライン(1ヶ月に100時間または2~6ヶ月平均で80時間を超える時間外労働)を超えていたとみられ,長時間労働の問題に気づきながら対策をしてこなかったのであれば,起こるべくして起こった事件なのでないかと思います。

 

このように,メンタルヘルスの不調はさまざまな原因があり,直接の原因が自社にないときであっても,従業員の健康に配慮しなければならない場合があります。気にかかることがあるのでしたら,弁護士に相談されることをおすすめします。
次回からは,メンタル不調への対応と予防についてお話ししていきます。


執筆者プロフィール
弁護士紹介|森長 大貴弁護士 森長大貴 >>プロフィール詳細
1987年福井県生まれ。
債務整理やインターネットトラブルに注力している。
相談に来られた方が叶えたい希望はどこにあるのか、弁護士である前に1人の人間として、その人の心に寄り添って共に考えることを心がけている。
2021年05月24日 | Posted in お役立ちブログ, コンプライアンス, 企業法務のお役立ちブログ | タグ: Comments Closed 

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