【お役立ちブログ】事業場外みなし労働時間制
1 はじめに
事業場外みなし労働時間制とは、
のことです。
事業場外みなし労働時間制の活用により、営業マンや出張中の従業員のように、事業所外で働いており、いつ休憩をとったり、いつ私用をしたりしていたのか把握することが難しく、労働時間の把握が困難な場合に、一定時間働いたとみなすことによって、労働時間の算定を容易にできます。
2 事業場外みなし労働時間制
ただし、事業場外みなし労働時間制の適用要件は、「労働者が労働時間の全部又は一部について事業場外で業務に従事した場合において、労働時間を算定し難いとき」であるため、事業場外みなし労働時間制を利用するに当たっては、この要件を満たしているかどうかに留意をする必要があります。
まず、「事業場外労働」に該当するかどうかは、比較的明確だと思われます。新聞記者の情報収集のための取材活動や、セールスマンの顧客に対する訪問販売活動は、事業場外労働の典型例と言えます。
次に、「労働時間を算定し難い」かどうかが問題となりますが、この要件については、通達があり、使用者の具体的な指揮監督が及んでいて労働時間の算定が可能なため、事業場外みなし労働時間制が適用できない場合として、次の3つの例を挙げています。
② 事業場外で業務に従事するが、無線やポケットベル等によって随時使用者の指示を受けながら労働している場合。
③ 事業場において、訪問先、帰社時刻等当日の業務の具体的指示を受けたのち、事業場外で指示どおりに業務に従事し、その後事業場に戻る場合。
これらのいずれかに該当する場合、事業場外みなし労働時間制の適用ができず、実際の労働時間に応じた給与を支払う必要があるため留意が必要です。
3 阪急トラベルサポート事件
事業場外みなし労働時間制の適用の有無が争われた事件として、阪急トラベルサポート事件(最判平成26年1月24日)があります。
同事件においては、旅行ツアーの添乗員の業務について、事業場外みなし労働時間制が適用できるかどうかが争われました。
添乗員の業務の内容がどのようなものかと言いますと、
ツアーの開始前に、旅行会社は添乗員に対し、旅行会社とツアー参加者との間の契約内容等を記載したパンフレットや最終日程表及びこれに沿った手配状況を示した行程表により具体的な目的地及びその場所において行うべき観光等の内容や手順を示すとともに、添乗員用のマニュアルにより具体的な業務の内容を示し、これに従った業務を行うことを命じていました。
また、ツアー実施中には、旅行会社は添乗員に対して、携帯電話を所持して常時電源を入れておき、ツアー参加者との間で契約上の問題やクレームが生じうる旅行日程の変更が必要となる場合には、旅行会社に報告して指示を受けることを求めていました。
さらに、ツアー終了後には、旅行会社は、添乗員に対して、旅程の管理等の状況を具体的に把握することができる添乗日報によって、業務の遂行状況等の詳細かつ正確な報告を求めていました。また、旅行会社は、関係者に問い合わせをすることによって、添乗日報が正確かどうかを確認することができました。
そこで、結論として同最高裁判決は、
「業務の性質、内容やその遂行の態様等、本件会社と添乗員間の業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等に鑑みると、本件添乗業務については、これに従事する添乗員の勤務の状況を具体的に把握することが困難であったとは認め難い」として、事業場外みなし労働時間制の適用を認めませんでした。
旅行の添乗員は、確かに事業場外で働いていますが、ツアーの行程がはっきりと決められており、その行程通りにツアーが行われたかどうかが検証可能であるため、労働時間を算定し難いとは言えないと判断されたものです。
事業場外で働いているからと言って、安易に事業場外みなし労働時間制が適用できると考えるべきではないでしょう。
4 協同組合グローブ事件
令和6年4月16日に、事業所外みなし労働時間制の適用に関する最高裁判決が出ています。
この事件においては、九州各地の実習実施者に対し月2回以上の訪問指導を行うほか、技能実習生のために、来日時等の送迎、日常の生活指導や急なトラブルの際の通訳を行う等の業務に従事していた外国人技能実習生の指導員(キャリア職員)について、事業所外みなし労働時間制の適用の有無等が争点となっていました。
原審の福岡高等裁判所は、「使用者は、労働者が作成する業務日報を通じ、業務の遂行の状況等につき報告を受けており、その記載内容については、必要であれば使用者から実習実施者等に確認することもできたため、ある程度の正確性が担保されていたといえる。」等と判示し、「労働時間を算定し難いとき」に当たるとは言えないとして、みなし労働時間制の適用を否定しています。
ところが、最高裁は、
「業務の性質、内容やその実施の態様、状況等、業務に関する指示及び報告の方法、内容やその実施の態様、状況等を考慮すれば、労働者が担当する実習実施者や1か月当たりの訪問指導の頻度等が定まっていたとしても、使用者において、労働者の事業所外のおける勤務の状況を具体的に把握することが容易であったとは直ちにいい難い。」としたうえで、
「業務日誌の正確性の担保に関する具体的な事情を十分に検討することなく、業務日報による報告のみを重視して、本件業務につき本件規定にいう『労働時間を算定し難いとき』に当たるとはいえないとしたものであり、このような原審の判断には、本件規定の解釈適用を誤った違法があるというべきである。」と判示して、福岡高等裁判所に差し戻しました。
業務日報があれば、当然に労働時間が把握可能となるわけではありません。労働者がつけている業務日報が、正確かどうか、記載内容の裏付けがあるのかについても留意する必要があります。
5 事業場外みなし労働時間制の例外
事業場外みなし労働時間制が適用されても、残業代が生じる場合があります。
事業場外みなし労働時間制は、あくまでも事業場外で仕事をしており、労働時間が把握し難いため、労働時間をみなすということです。事業場外の仕事が終わり、就業時間後に、事業場内で仕事をする場合(内勤)には、別途、労働時間を計算し、残業代を支払う必要があります。
また、みなし労働時間が適正ではない場合にも、みなし労働時間を超えて、残業代を支払う必要がありますので、この点にも注意が必要です。
すなわち、使用者が命じた業務を行うためには、みなし労働時間を超えて労働することが通常必要であると主張立証することはできると考えられています。
例えば、8時間のみなし労働時間であったとしても、通常は10時間以上必要な業務量であることを立証すれば、その差の2時間分の残業代を請求することができます。
6 最後に
令和2年の年明けから始まったコロナ禍をきっかけとして、業種にもよりますが、従業員全員が出社しなければならないという勤務形態から、自宅のテレワークを推進するという勤務形態に転換した事業主も少なくないと思います。
従業員のテレワークについて、事業場外みなし労働時間制を適用する為には、
①情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと
②常時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと
という2つの要件を満たす必要があります。
従業員にテレワークをさせる場合は、従業員の勤務状況について逐一監督することができない一方で、随時具体的な指示を与えて業務を行わせていると事業場外みなし労働制の適用が否定されることになってしまいます。
テレワークの導入を目的とした事業場外みなし労働時間制の導入及び適切な運用について、顧問弁護士等の弁護士の活用もご検討ください。
弁護士 太田圭一 >>プロフィール詳細
1981年滋賀県生まれ。
離婚問題や相続問題に注力している。
悩みながら法律事務所を訪れる方の、悩み苦しみに共感し、その思いを受け止められるように努めています。