法的無知だと損をします―知っておきたい遺言書の重要性とその作り方
1 遺産が思わぬところに行ってしまう―久美さんの例
遺産の相続で大事なのは、遺言書です。遺言書を書くことによって、自分の財産を誰に渡すのか、自分で決めることができます。逆に言えば、遺言書を書かずに死亡した場合、遺産の行方は法律で決まっています。その行方が、思わぬところに行ってしまうことがあったりするのです。
一例を上げましょう。武雄さんは、ラーメン店を経営する父の後継者として活躍し、そこそこの財産を築きました。ただ、結婚相手には恵まれず、たまたま知り合ったB子の美貌に惹かれて一緒になってみたものの、結婚後のB子さんの振る舞いは自分勝手で、自己主張ばかりする人で、家庭にはやすらぎがなく、3年で離婚となってしまいました。1人息子(A男)がおりましたが、まだ2才の子を夫が引き取るのは困難であり、子どもはB子が引き取ったのです。
その後武雄さんは、仕事に打ち込み、ラーメン店は順調に推移しておりました。そして知り合った久美さんと気が合って、結婚しました。武雄さんは55才になっておりました。
やがて武雄さんは、縁あって独立し、屋台のラーメン屋を始めました。久美さんは、30年勤めた製薬会社を退職し、武雄さんの要請により、ラーメン屋を手伝うことにしました。立地条件もよかったのですが、何より、先代から引き継いだ味と、久美さんの笑顔の接客が評判を呼び、経営は順調でした。
ところが、独立して1年したころに、武雄さんは病に倒れました。肺がんに侵されていたのです。精密検査の結果、余命半年と宣告されました。武雄さんは寂しさの余り、ずっと傍にいて欲しい、と久美さんに懇願しました。
そこで久美さんは、屋台のラーメン屋は第三者に売却し、病院に泊まり込んで、看護に努めたのです。癌の末期になるにつれ、武雄さんは病気の苦しさから、深夜でも構わず、久美さんに声を掛け、身の回りの細々としたお世話を求めるのでした。
その一方で、死期を悟った武雄さんは、入院して以来、久美さんに対し、「自分が死んだら俺の財産は全部お前に渡すからな」と事あるごとに声を掛けておりました。それは久美さんにとっても、励みになったのです。
ただし2人とも、法的知識には疎かったため、遺言書を書く、という術を知りませんでした。
こうして、入院して半年後の深夜、武雄さんは息を引き取りました。57歳の若さでした。
2 息子が権利を主張
武雄の葬儀には、両親や親族が集まりました。その中には、武雄の1人息子A男(35才)もおりました。A男は、もう30年間、武雄らとは音信不通だったのですが、つてを頼って連絡したところ、遠方から駆けつけて来たのです。
聞くとA男は、九州にあるB子の実家で暮らし、B子の旧姓を名乗り、籍もB子の戸籍に入っていました。既に結婚して、家族もおりました。ただし、仕事は不安定で、職を転々とするような状態で、事務員をしている妻の収入に頼って、ぎりぎりの生活をしていたようでした。
武雄の葬儀も終わり、暫くしたころでした。そのA男から、久美さんに対し、遺産の半分を分けて欲しい、という請求書が来たのです。
3 疎遠でも籍や姓が別でも親子関係があれば相続権がある
久美さんからすれば、A男の要求は、全くの想定外でした。A男とは、葬儀の時が初対面でしたし、武雄の実子であるとは言っても、別れた妻B子の旧姓を名乗り、戸籍もB子の戸籍に入っていましたから、そもそもそんな子ども(A男)に相続権などあろうはずがない、と漠然とですが、思っていたのです。
しかし、戸籍や姓は、遺産の相続権とは全く別です。相続権は、実際の親子関係があれば十分であって、別の戸籍に入っていても、姓が変わっていても、それは関係ないのです。ここは誤解している人が相当ありますので、注意すべきところです。
つまり本件では、武雄の相続人は、妻である久美さんと息子であるA男の2人であり、法律上は、遺産の2分の1ずつを分け合って取得する権利があるのです。
ちなみに、久美さんは、いわゆるバツイチであり、前の夫との間に子どもが1人(J子)おりました。久美さんが武雄と再婚した際、J子を武雄の養子にする手続きをしておれば、J子も武雄の相続人になります。その場合の相続分は、久美さんは2分の1で変わりませんが、A男とJ子は2分の1を2人で分け合うことになります(1人4分の1となります)。せめてそうしておけば、A男に行く分を減らすことができた訳です。養子縁組は、親と子が養子縁組届に記入して押印して役所に届出するだけで簡単にできます。久美さんにはそういう知識もありませんでした。ただし、一般の人もそのような知識がない人の方がむしろ普通です。
4 遺言書について
では、久美さんはどうすればよかったのか。それは、武雄の生前に、武雄に働き掛けて遺言書を書いてもらえば、それでよかったのです。
遺言書は、最もシンプルなものであれば、後記のように2行(表題を含めれば3行)書くだけで済むのです。武雄は、お前に全部やる、と繰り返していたのですから、遺言書を書いてね、と勧めれば、武雄は快く書いてくれたはずです。悲しいかな、久美さんにはかかる法的知識がなかったのです。せめて、弁護士等の専門家に相談してみよう、と思い立っていればよかったのに、と返す返すも悔やまれます。
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遺言書
遺産のすべては妻久美に相続させる。
平成○×年□月△日 法務武雄㊞
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5 遺言書の種類と書き方
では、遺言書の書き方について、補足しつつアドバイスします。是非参考にして頂いて、いざという時に適切に対応して欲しい、と思うばかりです。
(1)遺言書の種類
大きく分けると、遺言書には、公正証書遺言と自筆証書遺言があります。どちらの遺言書でも、効力は同じです。
(2)自筆証書遺言書の書き方
遺言書は、全文を自筆で直接書いて、書いた日の日付けと署名押印(認め印でも可)があればそれだけで有効な遺言書が成立します(ただし、日付けには、年と月も必須です)。ここまでで完全な遺言書となります。
通常は、それを封筒に入れて封をし、その表に「遺言書」等と記載し、裏には自分の名前を書いておく、などとするのが慣例ですが、封筒に入れるか入れないかは自由であって、それがなくても全く構いません。
(3)公正証書遺言書の書き方
これは、地元の公証人役場に行って作ってもらいます。事前に書きたい遺言書の原稿を持参し、公証人役場にその書式で作成(清書)してもらい、遺言書作成当日は、公証役場に出頭し、末尾に署名押印(実印必須)をします。その際、証人2名が必要です。公証人に自宅等まで来てもらい、その文書に署名押印することでも作成できます。
(4)両者の特徴について
どちらも遺言書としての効力は同じですが、違うのは、作成方法です。前者は思い立ったその時にすぐ作れますが、高齢となって手が震えて字を書くのが難しい場合、前者は困難になります。後者だと、自分の名前だけでも書ければ作ることができます。
なお、後者は、公証人の手数料が必要ですが、前者については、そういう費用はかかりません。その代わり後者は、公証人の面前で作りますから、後で効力を争われる可能性は低い、と言えます。
相続問題と労災事件に注力している。
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