不法行為に基づく債務の相殺
【事例】
Aは,Bから30万円を借りていましたが,
返済できないまま,返済期限が過ぎてしまいました。
ある日,Aが自動車を運転していたところ,
脇見運転をして赤信号で交差点に進入してきた
Bの運転する自動車に衝突されました。
Aは,自動車の修理費用として20万円がかかり,
Bとの事故で怪我もしたため,
治療費として10万円がかかりました。
Aとしては,修理費用20万円と治療費10万円を
現実に支払ってもらいたいと考えています。
一方,Bとしては,Aに対する貸金債権30万円と,
Aに支払うべき修理費用20万円
及び治療費10万円を相殺したいと考えています。
なお,以下の解説では,
自動車保険については考えないものとします。
1 現行法では
現行の民法では,自分が相手に対して負担している債務が
不法行為に基づく損害賠償債務の場合,
自分が相手に対して有している債権を持って,
相殺を主張することができないと規定されています(現行民法509条)。
交通事故によって生じた損害賠償債務(被害者の自動車の修理費用や,
被害者に怪我をさせてしまった場合の治療費など)は,
不法行為に基づく債務です。
したがって,今回の事例でいえば,
BからAに対して,修理費用と貸金債権とを相殺する,
または治療費と貸金債権とを相殺すると主張することはできません。
なお,AからBに対して,
貸金と修理費用及び治療費とを相殺すると主張することはできます。
2 改正によってどうなるか
改正法では,①悪意による不法行為の場合,
②人の生命又は身体の侵害による損害賠償債務の場合に限り,
相殺が禁止されることになりました(改正民法509条)。
したがって,今回の事例では,
BがAに対して,修理費用と貸金債権とを同額で相殺すると
主張することができるようになります。
一方,治療費と貸金債権とを相殺することはできません。
治療費は,身体の侵害による損害賠償債務であり,
上記の②に当てはまるからです。
以上のことから,改正後は,
Bは貸金30万円のうち20万円については
相殺により処理することができますが,
相殺後の10万円については,
現実にAに支払わなければならないということになります。
今回,解説した改正点については,
改正の背景等について以前のコラムで詳しく解説しておりますので,
ご興味のある方は,こちらからご覧下さい。
交通事故と企業法務に注力している。
交通事故は,年間相談件数104件(受任件数75件)(※直近1年間)の豊富な経験を持つ。
後遺障害の等級アップについても、多数の実績を持つ。
企業法務分野に取り組む際には、『経営者のパートナーとして会社を良くしていく』という姿勢を一貫しており、企業の『考え方』を共有し、寄り添うことを大切にしている。