有名な子供用椅子は「著作物」か? ― TRIPP TRAPP最高裁判決と実用品デザインの著作権 ―
1 はじめに
北欧生まれの「 TRIPP TRAPP(トリップ・トラップ) 」という子供用の椅子をご存知でしょうか。斜めに伸びた2本の脚に座面と足置きの板が渡された、シンプルで美しいデザインの椅子で、世界中で販売されているまさにロングセラーの名作です。私の家庭にも(ですら)あります。
この有名な椅子を巡って、令和8年4月24日、最高裁判所が一つの重要な判断を下しました。結論から申し上げると、最高裁は「 この椅子は著作権法上の著作物には当たらない 」と判断したのです(最判令和8年4月24日〔TRIPP TRAPP事件〕)。デザイン性の高い名作椅子がなぜ「著作物ではない」とされたのか、少し意外に感じられるかもしれません。この判決は、実用品のデザイン(法律の世界では「 応用美術 」と呼ばれます)が著作権で守られるのかという、長年決着のつかなかった論点について、 最高裁が初めて明確な物差しを示した もので、デザインに関わる実務に大きな影響を与えるものとなりました。今回は、この判決の内容を分かりやすくご紹介したいと思います。
2 問題の所在 ― 意匠法と著作権法の「棲み分け」
そもそも、なぜ美しいデザインの椅子が著作権で守られるかどうかが問題になるのでしょうか。実は、日本の法律には、工業製品のデザインを守るための制度が二つあります。
一つは「 意匠法 」です。これは製品のデザインを保護する制度ですが、権利を得るには特許庁への登録が必要で、保護される期間は出願の日から原則25年とされています。もう一つが「 著作権法 」です。こちらは登録などの手続を一切必要とせず、創作した瞬間に自動的に権利が発生し、しかも保護期間は作った人の死後70年という非常に長いものです。
ここで、もし実用品のデザインに安易に著作権を認めてしまうと、どうなるでしょうか。わざわざ費用をかけて意匠登録をしなくても、著作権によってもっと長く広く守られてしまうことになり、 意匠法という制度の存在意義が薄れてしまいます 。また、一つの製品デザインが死後70年もの長期間にわたって独占されると、後から参入する事業者がより良い製品を作ろうとする動きが妨げられ、 かえって産業の発展を阻害しかねません 。この二つの制度のバランスをどう取るか、というのが今回の判決の根っこにある問題意識です。
3 これまでの考え方の対立
実用品のデザインにどこまで著作権を認めるかについては、長年、下級審の裁判例や学説で考え方が分かれ、実務は大変混乱していました。大まかには、次の三つが対立してきました。
- ① 絵画や彫刻といった 純粋な芸術と同じくらい高度な芸術性 がなければ著作物とは認めない、という厳格な考え方
- ② 製品の機能的な部分と、そこから 切り離せる装飾的な部分 とを分けて、後者だけを著作物として認める、という考え方( 分離可能性説 )
- ③ 実用品であっても他の著作物と同じように、 作者の個性が表れていれば著作物として認めてよい 、という緩やかな考え方( 非区別説 )
今回の最高裁判決は、こうした対立に対して 統一的な答え を出したものといえます。
4 最高裁が示した基準とあてはめ
最高裁は、まず「応用美術」という曖昧になりがちな言葉をあえて避け、「 量産されて日常生活の中で実用に供されることが予定されている物品(量産実用品) 」という表現を用いた上で、次のような判断の物差しを示しました。
- 「量産実用品の全体又は部分における形状等が、 観念上、機能に由来する構成とは別個に、思想又は感情の創作的な表現として把握することができる ものである場合には、(中略)美術の範囲に属するものに当たる」
少し噛み砕くと、「その製品が実用的な機能を果たすために選ばれた形」なのであれば、それは著作物として保護される『表現』ではないが、「 機能とは別に、頭の中で作者の個性が表れた芸術的な表現として切り分けて捉えられる部分 」があれば、その部分は著作物になり得る、という考え方です。ポイントは、 物理的に分離できなくても 、あくまで『 観念上(頭の中で) 』機能由来の部分と切り分けて把握できればよい、とした点にあります。
この物差しをTRIPP TRAPPに当てはめると、どうなったのでしょうか。上告した側は、「約66度の略L字型に立ち上がる2本の脚と、その間に水平に固定された座面板・足置板」という特徴的な形状に創作性があると主張しました。しかし最高裁は、これらの形状は「 子供用の椅子としての機能に由来する構成が美感を起こさせることを基礎付ける事情にすぎない 」とし、あくまで子供用椅子としての機能から生まれた形としてしか捉えられず、 機能とは別個の創作的表現として把握することはできない 、と判断しました。こうして、名作椅子の著作物性は否定されたのです。
5 「美的鑑賞」という言葉を使わなかったこと
この判決には、もう一つ注目すべき特徴があります。それは、従来の裁判例が繰り返し用いてきた「 美的鑑賞の対象となり得るか 」という言葉を、最高裁が一切使わなかった点です。
この点について、裁判官の一人(尾島明裁判官)は補足意見の中で、その理由を説明しています。すなわち、「美的鑑賞」という言葉を使うと、あたかも高度な創作性や芸術性が必要であるかのような誤解を招きかねず、そもそも、 ある物が芸術として鑑賞に値するかどうかを裁判所が判断するのは適当ではない 、というのです。「これは芸術的に優れているか」といった主観的・感覚的な評価ではなく、「 機能から切り離して表現として捉えられるか 」という、より客観的な物差しへと軸足を移そうとした姿勢がうかがえます。
6 実務上のポイントと最後に
この判決から、私たちが実務上くみ取るべき教訓は明確です。それは、「独創的で美しいデザインなのだから、著作権で守られるはずだ」という発想は、 極めてリスクが高い ということです。今回のように、機能に根ざした形状は、たとえ洗練されていて世界的に評価されていても、 著作権では保護されない可能性が高い のです。
したがって、企業が自社製品のデザインを守りたいと考えるのであれば、 まずは意匠権の取得を第一に検討すべき であり、著作権による保護は、あくまで「機能とは無関係な装飾的要素」が明確に切り分けられるような 例外的な場合に限られる 、と考えておくのが安全です。もっとも、最高裁が示した「観念上、機能由来の構成と別個に把握できるか」という基準は抽象度が高く、実際にどのような場合に著作物性が認められるのかは、今後の裁判例の積み重ねを待つ必要があります。
製品デザインの保護をどう組み立てるか、また、他社製品との関係で問題が生じそうな場合の対応など、判断に迷う場面は少なくありません。デザインや知的財産の保護についてお悩みの際は、お気軽に 弁護士にご相談 ください。







