2022年11月17日

残業代請求対応(固定残業代)

1 固定残業代制とは

この記事を読んで頂いている方の中には、固定残業代制を導入されている使用者の方も、固定残業代制の導入を検討している使用者の方もあると思います。

固定残業代制とは、労働基準法37条に定める計算方法による割増賃金を支払う代わりに、固定の定額の残業代を支払う制度のことです。

一定時間の残業代を基本給の中に含めて支払う基本給組入れ型と一定額の手当てを支払う手当型があると言われています。

 

2 固定残業代を導入する理由

固定残業代制を導入する利点としては、残業代計算のコスト削減があげられます。加えて、固定残業代制を導入した場合、毎月のおおよその人件費が予測でき、年間収支の予定が立てやすいことも、導入の利点と言えます。

また、固定残業代制の導入には、無駄な残業をなくす効果があると言われています。従業員の立場としては、同じ額の固定残業代が貰えるのであれば、決められた残業時間を全て使って仕事をするよりは、定時で仕事を終わらせて早く帰宅しようとすると考えられますので、従業員が仕事を効率化し、無駄な残業をしなくなる動機付けになると言われています。

固定残業代があることで、支払われる給与が多く見えるため、求人のために、基本給に固定残業代をつけているという企業もあるようです。

なお、固定残業代は、一定の決められた残業時間に対応する残業代に過ぎませんので、その一定の時間を超えて従業員が残業した場合、当然、使用者は、固定残業代を超える分の残業代を払わないといけません。

 

3 固定残業代制が無効と評価された場合の不利益

固定残業代制が、裁判所によって、無効と判断されてしまった場合、使用者は、様々な不利益を受けてしまいます。

まず、固定残業代分の残業代を支払ったことになりませんので、改めて計算し直した残業代を支払わなければなりません。また、残業代として払っていたつもりの賃金が、残業代を計算する際の基礎賃金に含まれてしまい、使用者にとって思わぬ不利益となってしまいます。

例えば、40時間分の残業代として8万円と定めていたところ、その固定残業代の定めが全て無効となってしまった場合、8万円の固定残業代は、40時間分の残業代として払われたことにはなりませんので、現実の残業時間全てに対して残業代を支払う必要があります。加えて、この8万円が基礎賃金に含まれるとなれば、労働者の1時間あたりの給与が高くなり、その結果、使用者が支払うべき残業代も高額になってしまいます。

さらに、付加金の支払いを命じられる可能性もあります。

そのため、固定残業代制を導入する場合には、後々、裁判所から無効と判断されないように、適切な規定を設けて、正しく運用する必要があります。

 

4 固定残業代制度の有効要件

固定残業代制が有効とされるためには、固定残業代制の定めや合意があっただけでは足りず、一定時間の残業に対応する固定残業代が、基本給等の他の給与と明確に区分されている必要があります(明確区分性)。

また、固定残業代が、それに対応する労働の対価としての実質を有すること(対価性)も、固定残業代制の有効要件と考えられています。

これに加えて、固定された時間を超えて残業した場合に残業代を精算することの合意、そして超過部分についての精算がなされている実態がなければ、固定残業代制は有効にならないという考え方もあるようです。

しかしながら、超過部分について残業代を精算して、支払わなければならないことは当然のことですが、この精算をしていなかったとしても、単に残業代を払っていなかったというに過ぎず、固定残業代制そのものが無効になってしまうというのは妥当ではありません。

ただし、清算の合意と精算の実態が、固定残業代制の有効要件ではないとしても、実際に、固定残業代制を導入した場合は、就業規則などに超過部分の残業代の精算をする旨を規定し、実際に超過部分が生じた場合は、残業代を支給する必要があります。

 

5 最高裁判所令和2年3月30日判決(国際自動車事件判決)について

固定残業代制の有効要件については、最高裁判所令和2年3月30日判決(国際自動車事件判決)が、重要であり、その内容を知っておく必要があります。

まず、同判決は、「ア 労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される。」、「また、割増賃金の算定方法は、労働基準法37条等に具体的に定められているが、労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない。」と述べています。すなわち、固定残業代制を導入すること自体は、その制度が適切なものである限り、労働基準法違反にならないとの前提を明らかにしています。

また、「イ 他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別 することができることが必要である。」と判示し、明確区分性の要件を満たす必要があると述べています。

そのうえで、「そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記アで説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。」と判示していますので、対価性の要件も満たす必要があると考えられます。

 

6 最後に

固定残業代の制度には、残業代の計算が簡易かつ迅速に行えるようになるという利点がある一方で、固定残業代制が無効となった場合に、使用者は不測の不利益を被ってしまいます。

そこで、後々、固定残業代制が無効とされてしまわないように、適切な制度を設け、超過部分の残業代をしっかりと支払うことによって、労使ともに円満な関係を維持することが望ましいと思います。

最後になりますが、固定残業代制の導入を検討しているとき、固定残業代制の有効性を巡っての紛争が生じたときには、弁護士にお気軽にご相談ください。

2022年11月17日 | Posted in お役立ちブログ, その他, 企業法務のお役立ちブログ, 太田圭一の記事一覧 | | Comments Closed 

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