企業法務コラム(経営承継円滑化法・民法特例)
1 はじめに
企業の経営者や個人事業主の方の中には、「後継者はいるが、 株式や事業用資産をどう引き継がせればよいか分からない 」「 相続税・贈与税の負担 で資金繰りが圧迫されるのでは」という悩みを持っている方もおられると思います。
こうした課題に総合的に対応するために設けられているのが、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律」( 経営承継円滑化法 )です。
平成20年の制定以降、 事業承継税制・金融支援・遺留分に関する民法特例という3つの側面 から事業承継を後押しする枠組みとして機能してきました。
経営承継円滑化法の全体像を理解し、専門家とともに準備を始めることで、 承継後のトラブルや税負担を大きく減らす ことができますので、本コラムでは、経営承継円滑化法のうち、 遺留分に関する民法の特例 (以下、「民法特例」と略することもあります。)に焦点を当て、実務上のポイントを解説します。
2 遺留分とは
まず、遺留分とは、被相続人の法定相続人(ただし、兄弟姉妹を除く)に保障された、 最低限の相続財産の取り分 のことです。
そのため、経営者が後継者である長男に自社株式の全てを遺言で相続させたとしても、他の相続人(次男、長女等)には、法律上、 一定割合の取り分を主張する権利が残ります 。
そして、この権利は経営者の遺言や生前贈与によって 一方的に奪うことができない ものです。
例えば、相続人が後継者を含めて3人おり、自社株式の評価額が高額(例えば3億円)であるケースでは、後継者以外の相続人が 遺留分侵害額請求 を行うと、後継者は 数千万円単位のお金を、自己資金や借入で用意しなければならない 事態になりかねません。後継者が、株式を手放さずに済んだとしても、会社の資金繰りに深刻な影響を与えることもあります。最悪の場合、他の相続人への支払いのために株式の一部を手放さざるを得ず、 後継者の経営権そのものが不安定になる おそれもあります。
このような事態を未然に防ぐために、経営承継円滑化法には「 遺留分に関する民法の特例 」が設けられています。
3 除外合意と固定合意という2つの特例
民法特例は、先代経営者の 推定相続人全員の合意を前提 として、次の2つの合意類型を認めています。
(1)除外合意
後継者が先代経営者から贈与等によって取得した自社株式を、 遺留分算定の基礎財産から完全に除外する合意 です。除外合意が成立すれば、その株式の価値は他の相続人の遺留分の計算に一切反映されなくなります。株式の評価額がどれだけ上昇しても、 遺留分侵害額請求の対象にはなりません 。
一方で、他の相続人からすれば、株式については一切の取り分を主張できなくなるため、 合意形成のハードルが高くなる 傾向があります。
(2)固定合意
自社株式の評価額を、 合意をした時点の価額であらかじめ固定する合意 です。将来、会社の業績が伸びて株価が大きく上昇したとしても、遺留分の計算上、 合意時点の評価額が使われ続けます 。
つまり、後継者の経営努力によって生まれた 株式の値上がり益は、遺留分の対象に含まれない ということになります。
また、固定合意を行う場合、評価額の算定については、 税理士・公認会計士等の証明を受けることが要件 とされています。不当に低い評価額を設定して他の相続人の権利を不当に害することがないよう、 専門家による評価の適正性が担保される 仕組みになっています。
4 手続きの流れ
民法特例を利用するための前提条件は、先代経営者の 推定相続人全員の合意 です。
後継者だけでなく、後継者以外のすべての推定相続人が合意しなければ、この制度は利用できません。つまり、 たった1人でも反対すれば特例は使えない ということになります。
また、推定相続人全員の合意が整った後に、次の 2段階の公的な手続き を経る必要があります。
- 1段階目として、合意が経営承継円滑化法の要件を満たしているかについて、 経済産業大臣の確認 を受けます。
- 2段階目として、経済産業大臣の確認を受けた後、 家庭裁判所に申立てを行い、許可を得る 必要があります。
これらの手続きには期限が設けられており、 合意をした日から1か月以内 に、経済産業大臣への確認申請を行う必要があり、 経済産業大臣の確認を受けた日から1か月以内 に、家庭裁判所への申立てを行う必要があります。
いずれの期限も比較的短く、書類の準備に時間がかかることを考えると、 余裕をもったスケジュール管理が不可欠 です。
5 民法特例の活用が向いているケース・向いていないケース
(1)向いているケース
- まず、 後継者以外に複数の推定相続人がいる場合 、特例を活用することが望ましいです。相続人の数が多いほど、遺留分侵害額請求のリスクが大きくなるため、特例のメリットが大きくなるからです。
- また、 自社株式の評価額が今後大きく上昇する見込みが強い場合 、特に固定合意は、企業のオーナー経営者にとって効果的です。
- さらに、 株式以外に分配できる資産が乏しい場合 にも、特例の活用が考えられます。現預金や不動産など、他の相続人に配分できる資産が少ない場合には、株式を除外・固定しておかないと、後継者が遺留分侵害額請求を受けた場合に、その支払いに窮するリスクが大きいからです。
そうは言いましても、推定相続人間の対話による合意形成が見込める場合でなければ、全員合意という要件がある以上、特例の活用ができません。ですから、 推定相続人間の関係が比較的良好であること が、制度活用の前提条件になります。
(2)向いていないケース
- 推定相続人間の関係がすでに悪化していたり、推定相続人の一部と疎遠であり連絡すら取れなかったりして、 全員合意が現実的に見込めない場合 には、特例の利用自体が困難と言えます。
- また、 自社株式の評価額がそもそも小さく、遺留分侵害の懸念が乏しい場合 には、わざわざ手間や費用をかけてまで特例を利用する必要性が低いと考えられます。
- さらに、後継者候補が確定していなかったり、経営者の引退時期が定まっていなかったりして、合意の前提となる 承継のタイミングや対象株式が固まっていない場合 にも、特例を活用することは難しいと考えられます。
6 最後に
遺留分に関する民法の特例は、推定相続人全員の合意という高いハードルがあるからこそ、 経営者が一人で抱え込まず 、早い段階で弁護士や税理士を交えたチームで、 推定相続人との対話をどう進めるかまで含めて設計すること が成功の鍵になります。
後継者候補が定まった段階で、 できるだけ早期に弁護士等の専門家に相談 し、 家族全体を巻き込んだ対話を始める ことが、遺留分に関する民法の特例を活用するために重要だと考えられます。
弁護士 臼井元規 >>プロフィール詳細1990年愛知県生まれ。
交通事故に注力している。
『被害に遭った方の気持ちに寄り添う』ことをモットーとしており、
適切なスピード感を持って,相談者の悩みに誠実に応えるようにしている。









